(ワスレナイカラ!)
まただ!
その声は、いきなり私の頭の中に響いてきた。
「あの・・」
おずおずと私は口を開く。
「私達の他に・・・いなかった?あの年、同じクラスで・・仲の良かったのって・・」
「なによ・・。いるわけないじゃん。どうしたの?沙世子。酔っぱらっちゃった?」
怪訝そうな雅子の表情。
「ん?べつに・・」
「昔過ぎて忘れちゃってたりして。みんなの顔!」
溝口君が茶化す。
そう、彼はこういう時の突っ込みが凄く上手かった。
「まさか・・幽霊とか?」
「な~に言ってんの!カト。そんな事言ってるとまた喘息になっちゃうよ!」
「う、うるさいわいぃ!花宮。おまえこそ憑かれるぞぉ!サヨコにぃ!」
あれは・・誰だったの?
なにか・・なにか大切な大事な事を思い出せない。
もどかしい・・。
時間が過ぎる・・あっという間に。
皆、お酒に酔っているのか、本当に久しぶりに集まった同窓会の雰囲気に酔っているのか判らなくなって、よく喋り、よく笑った。
いつもは寡黙な秋までが顔をいっぱいに引きつらせて笑い声を撒き散らす。
加藤君も溝口君も、もちろんまぁも。
そして私も・・。
何年ぶりだろう?
こんなに感情を表に出して笑い合ったのは・・。
「あ、ねえ!憶えてる?あの時の夏。ほら、プール掃除の当番で最後まで残ったじゃない?」
私にとっては何気ないこと。
「えぇ?そんなことあったけ?」
尋ねる秋の表情。
憶えてなさそう。
そんなことって・・仕方ないなぁ。
「え?あ、そうだった?誰とだったっけ?」
私は曖昧に誤魔化した。
もう何年前の事だろう。
あの時の夏は、もう再び帰ってこない。
そして・・そして私の心の中で大きくなる不安と違和感。
(私は・・みんなの記憶の中にいつまで残っていけるのかしら?)
翌朝。
明るくなるまでみんなと騒いでいた私。
結局雅子の家には寄らず、そのまま帰る事にした。
引き留めるみんなに
「ん。だってみんながいつもの姿に戻っていくの、見るのつらいから・・。」
不審そうなみんなの顔を眺めると
「また、同窓会あったら呼んでね!」
逃げるように背を向けた。
ウソだ。
やはり来なければ良かった・・。
どっぷりと落ち込んでいる自分が、ここにいる。
みんなみんな変わってしまった。
溝口君の細身の煙草に火を点ける仕草。
加藤君の朝、お店の仕込みをする後ろ姿。
秋の時折見せた屈託のない笑顔。
そして雅子の妖艶なまでの美しさ。
取り残された、忘れ去られた自分。
結局、私は半年余りの間みんなの元に遣わされた「お客さん」に過ぎなかった。
目の前を赤い着物を着た女の子が母親と手をつなぎ、通り過ぎる。
手には羽子板。
こんな機会でもないと思い出されもしない、正月の儀式。
「お正月・・だったんだ。」
心の中にぽっかりと口を開いた暗く、深い喪失感。
人生って時を刻むと言う意味では砂時計に似ている。
一粒一粒、とっても大切なモノを落としながら人は生きていく。
そして、最後の一粒が滑り落ちて・・一生が終わる。
徹夜明けの眩しい太陽の光に目をしょぼつかせながら、足取り重く駅までの道筋をたどる私。
(つづく)
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