踏切を渡って右に曲がる。
刹那。
「沙世子!」
耳の奥がじーんと痺れ、一瞬にして時が逆行した。
砂時計の上下が入れ替わる。
(ドンナニハナレタッテ、ドンナニアワナクナッタッテ、ズット、ズットオボエテルカラ!)
十二月の木枯らし吹く朝。
私はこの街を去った。
みんなと別れるのがつらくて何も言わずに行こうとしたのに、雅子ったら追いかけてきて・・。
雅子?
あれは本当に雅子だったの?
(ズットズットイッショダトオモッテタノニ・・)
(新学期になったら、私の座ってた椅子には誰かが座るわ。私なんかいなくても何も変わらない)
あの時の私の精一杯の強がり。
(亡霊と一緒。消えたらそれでおしまい・・・)
(ボウレイナンカジャナイヨ・・。コンナニアッタカイノニ・・。)
ふいに思い出す、あの時の彼女のぬくもり。
流した涙の暖かさ。
瞳の蒼。
彼女の名前は・・そう!!
「玲!!」
くるりと振り向く。
走る。
肩からかけたバッグが振り落とされそうになる。
息が切れる。
最近スポーツジムに通わなかった罰だと苦笑し、それでも全力で足を動かす。
坂の上。
私達が通った中学。
校門の扉が音もなく開く。
走り込む。
そして・・友情の碑の前に佇むのは・・制服姿の女生徒!
「玲!」
後ろから両肩に飛びつき、抱きつき、髪にほおずりをする。
「だぁめだよぉ!沙世子。思い出しちゃあ・・。沙世子だって大人になったんだもん。」
思い出したよ・・その不満そうな声も、ちょっと上を向いたその鼻も、綺麗な形の良い口も、ポチャッとしたかわいいほっぺたも!
潮田玲!
私のこの学校で初めての友達。
一緒に六番目のサヨコになった事。
いっぱい邪魔されて、いっぱい振り回されて、それでもすごく楽しかった事、怖かった事、ドキドキした事。
そういう時いつも、あなたと一緒だった事も・・・。
みんなみんな、たった今、思い出したよ!
「駄目だよぉ・・沙世子。思い出しちゃあ・・。私の存在価値、無くなっちゃうじゃないかぁ・・。ま、ちょっと嬉しいけど・・。」
振り向いた玲の顔。
昔のまま。
涙でくしゃくしゃになってた・・。
「私はね。この学校に住み着いてるの。この学校に通うみんなの想いが集まって・・で、お父さんもお母さんも弟の耕もみんないるんだけど、みんな嘘。みんながこの中学卒業すると同時に忘れちゃうんだよ。だから、まぁも溝口もカトも黒川先生も、秋でさえも憶えてないの。みんながちゃんと大人の扉を開けられたら私は・・嬉しいんだ。それで良いんだ。」
「でも、沙世子に久しぶりに会っちゃったら・・我慢出来なくて・・つい声かけちゃった・・。ごめんね。」
ぐしゅっと鼻をかみながら玲があやまる。
「謝ることない!嬉しかったよ!とっても、とっても!」
「私、落ち込んでたの。みんなから忘れられる事が怖くて、寂しくて、つらくて・・。玲と話せたら、なんか元気になっちゃった。ありがとう・・玲。」
「むふ・・。ビタミン剤みたいなもの?私って。『亡霊みたいなもの』って言った人がいたなぁ・・昔。」
「あぁぁずるいぃ!ダメだよ、私の台詞取っちゃ!」
ほんのりと笑い合う。
不思議な程、今までの不安や喪失感は消えていた。
昔のままの玲。
けれど、今も私のトモダチ・・。
「昔みたいにゴール合戦しよっか?」
ふいに玲が言い出す。
「え~!フェアじゃないよぉ。もう体動かないよぉ。」
「いっから、いっから・・」
驚いた事に体育館はバスケ部の初練習の真っ最中だった。
さらに驚いた事には・・。
「あら?!沙世子?」
先程別れた雅子がジャージ姿で立っていたのだ。
「まぁは今臨時のコーチなの。だけど私のこと憶えてないから・・ね?」
悪戯っぽく後ろから玲がささやく。
いつの間にやらユニフォーム姿になって、ちゃっかり私の分までバッシュの用意までしている。
「もおぉ・・」
半分あきれながら、半分感謝しながら私は玲と視線を交わし合う。
「潮田さん遅い!新年早々遅刻?」
「花宮コーチ!この人とそこで会ってて、練習に参加したいって・・。先輩だそうですけど・・」
私は扉を再び開く事が出来たのだろうか?
雅子に走り寄る玲を見つめながら、ふとそんな想いが頭をよぎった。
(おしまい)
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